謎の人
毎朝の通勤路に必ず立っている、小さなやせた老婆がいる
私たちの世界とは、離れた世界にいるらしく、毎日おなじ服を着て、口の中で何ごとかをずっと唱えながら俯いて立っている
薄気味悪くて、最初はかなり抵抗感があった
そのうち馴れて、かかわらなければいいのだ、と思った
別に人に危害を与えるわけでもないし…
霧のような雨が不意に降りだした朝、傘を忘れたことを少し悔やんで歩いていたら、なんと彼女は、ビニールの合羽を着て立っていた
…この人は、外界と自分をまったく隔絶してしまったわけではないのだ…
そう思ってから、彼女の脇を通り過ぎるときに小さく聞こえた唱えごとは、なにか、マントラのようにも思えた
もしかして、この人が唱える精妙な祝詞が、周囲の平和と安全を守っているとしたら?
結界を破って人間界になだれこんでくようとする、見えない邪気のものの世界との境界線を、毎朝結び直しているのだとしたら?
あるいは、その逆だとしたら?
関西方面に痛ましい事件が多いのは、ある結界が破られたからだという説を、むかし聞いたことがある
出勤途中のちょっとした妄想