毒を愛する

男に与えられたのは
1枚の座布団と1枚の手拭い 1本の扇子



それだけを武器に
時に数人
時に数百人
ある時は数千人の人間に
たった一人向かい合う



頼りは日々磨き込んだ
己の芸のみ



その男を通じて
幾人もの人間が顔を表す



人間の業、情、狡猾、
義理、愚鈍、理知、実直、不可解が
男の体と声を通して
まことしやかに語られる



そこで人は
笑い、泣き
深く想う



封印された心に出会う



男は時に毒を吐く



人が忌み嫌い
抑圧し、隠蔽した毒
あってはならないと隠しながら
すべての人間の根元に盛られた
毒を吐く



その男の錬金術
毒を愛し
愛嬌に変える



愛しがたいものが
愛された時の変容を見せる


彼と対峙する観客は
彼を通じて表れた人間に
切り捨てた自分の毒と愚を見る



そうしてそれを笑う



見捨てられ切り捨てられた自分の切れ端が
笑いに昇華されて
受け入れられる



その力が
時に病を癒す力にさえなる


すべて笑いなさい
この世は神の遊び場



それを忘れた生真面目で
深刻な人間に
宇宙が遣わした
思い出させの使者



てめぇら どうせ全員
ロクなもんじゃねえ
それでいいことを忘れたか



使者が一人
役を終えて帰った



どこへ戻るかは知らないけれど
たぶん
もっとも無邪気な世界なんだろう



毒の源でもあるような…